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イタリア中部地方によくみられる丘陵地や山の上に築かれた田園都市。古い町並みや、パリオというお祭り、市庁舎にかかげられるフレスコ画でも世に知られるシエナと言う街。14世紀に33歳で亡くなった聖女カテリーナが生まれ育った町としても知られている。 年月は少し過ぎてしまったが、ひと夏を絵を描く為にだけ滞在した。下宿から歩いて回れるわずかな範囲が水彩風景画の対象だが、好みの石造りの建築物や細い路地、蒼い空、文句なしの風景を昆虫採集を趣味とする人たちが補虫網を振って我を忘れるのと同じような気持ちを持って毎朝街に飛び出した。暑さのせいもあってか普段そうあじわうことのない感覚、雑踏のなかで絵筆を持つ自分が、いつのまにか自分の描く絵の中に溶け込んでしまう夢をみた。 「あいつはペルージアを全部描いた奴だ。」と人通りの少ない路地を見つけて最初の一枚を描き始めたとき、少し離れたところでゴミ集めの仕事をしているおじさんの、声がもれ聞こえてきて、この街の景色も、そんなことできる訳ないと思いながらも、沢山の風景画にして、日本に持ち帰りたいと思った。 1998年、私の他には店の主さえいない書店の書棚から、著者の名前だけ見つけて、うれしい気持ちで抜き出した本の帯の背表紙には、遺著と記されていた、著者略歴の欄には3月20日没、とある。須賀敦子さんが亡くなられて10週間後、そのひとの訃報を自分にとって1番ふさわしい場所、方法で1人受けとめたと思う。シエナの坂道、と題されたエッセイを読むとき、どこかでほくそえむ自分がいる。 「その道のことなら私に訊いてくれればいいのに・・・、」そう伝えようにも今はもう何の方法もない。 せめて数点の絵を飾り、1度だけ絵ハガキを贈ってくれた女性をしのびたい。 |
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